Corrupted
Album • 2024
月が頬笑み返さなくなったのは 誰のせいか あの晩の風に運ばれて あの鈍色の雲が降らせた長雨が 杜の烏から啼き声を奪い つやのある翼を 泥濘に這い回らせるのだった おまえが生まれた頃のようには 夜は繰り返されず ただ 夥しい明滅の狭間で 管の蠢きばかりが おのれの齢を数え草臥れて いつか仰いだ 星空の蒼さを恨んでいる ――忘れものだ 湖面に映える鬼火が怒鳴る その理由まで 忘れたことにしておくつもりか 凡てを洗い流してくれたはずの水神さえもが 嘔吐き もがいて 吐き出すべきは 胃袋か 舌か 道の行き止まりで巨軀を横たえた 苦い喉骨を象る雪嶺か 幾萬年も古い時代に こもれびが言祝いだ産湯の温みを 今更のように悔やんだとて 山津波に呑まれた せせらぎにも瀧にも 木霊は帰らぬ 最早 おまえもよく知るところだ 入口のないビルディングの最上階では 宴に供された冷たい肉が 客たちをたずね回っている ――どなたか 召し上がってください 行方不明者はまだ足りない 酷薄さを踏まずに過ぎる 縞模様の蹄の群に いななきかかる 軋んだ赤目 装われた無関心と 数の閾で腑分けされた 真新しい 忘却の消尽 霊性の脱けた生誕から 味付きの記号へと牽かれる屠殺の日まで 《しあわせを招くヒミツの言葉》の手がかりは 今宵の膳の至る所に 買い換えさせられた夢が 時を盗み 直観を絶やし 錠前までおろして 省察が封じ込められる 暮らしながら棄てられゆく 心を潰された人々よ それでも 耳に届いてはいるだろう 別世界からの靄に霞んだ 哀しい月に救いを乞う 業風の喘鳴が もう慣れっこの 気違い雨の合間を縫って 周到に描かれた 自分だけは傷つかずに済む 私有避難所さながらの 滅亡への妄信など とうの昔に 破れたことを思い出す 寿命を割いて 忘失に勤しむ 息継ぎすらままならぬ 誰のものかも怪しい生活 痛々しげな骨折りを気取られぬよう 自然な早足で歩んだつもりで 忘れたがってきたことさえ 無難に忘れられたと 娯遊を抱き寄せていた そのはずが いつか出会える光を信じて 鏡の面で待ち伏せてきた おのれの冥い眼差しは 忌わしい何者かに似すぎた その貌を許さなかった 過ちへの荷担など 毫もなかったと言わんばかりに 過去は疎か 未来までをも語りたがる 下下の無知の稔りで肥えた匪賊の 諦めへの居直りを布教する 自尊の貌を 犯されたとの確かな訴えは 今のところなく 誰か 斃れ死んだとでも つい こないだの あの前も あの後も 騒ぎ立てるほどにも 波立ってはおらず 言うなれば 何も起こっていないに等しい 進めよう 今まで通り 愛すべき人々とともに 知ることは 今を喜びで満たすこと 生きるとは 平和と繁栄を讃えること…… 灰白色の濁水に浸かった 欺瞞の地図に またも がらんどうの遊園地が建つからと 盛んに撃ち上がる祝砲は むしろ 狂い死ぬ自殺者の叫びを掻き消すために 母よ 狼のごとく孤独な自然よ 「このままでいい」ならば 地上の赤児たちを皆殺す代わりに 俺を殺せ 壊死しかかる涙よ どうか 忘れさせないでくれろ 空気に殺された草には 今も墓がないことを 占うべき先の世を奪われた卜師が 掌に馴染む一切の手札を 火に焼べ放ち 灰を掬うて 墨を練る 取り戻すべき死の尊威を護るべく 見捨てられた郷から 祈りの埋ずもれた神の山へと いざ 祟り神に奉らん 怒りよ 我を生かし賜え わが言霊に 永遠の呪いを 国見の丘から 艶めく菜摘女を呼ばう 血腥いスメロギの怨霊すら 今や崩落寸前の 不遜なまでに巨きな書物に棲む 生き残りの紙魚が 辛うじて 繕い紡ぐ 儚い孤絶に 悪念を力添える 刮目せよ 未だ のうのうと「歴史に我が名を残す」と宣う 盲いたバビロンの子ら 先祖の声を辿る者も絶えた 文字の抜け殻の堆く積もる 死語に満ちた時の果てに 何十世紀を跨ごうが 寝かし足らぬ 毒の砂丘を詰めた 空かずの瓶 億兆本 この期に及んで われらに突き返すことも叶わぬ 望まれたはずのない瓶の送り先を おまえは まだ「未来」と呼ぶのか 山の尾根にかかる雲を見つめれば 忽ちに 龍の頭が その姿で語りかける 今 海は 海はどうした? 西暦2012年 夏 日出ずる国 太陽は 風を吹かし 星々を巡らせ ありがたくも 地上の生き死にを司る 「願う」の「願」の字が生まれるに至る 背後の歳月と 形を結ばせた閃きの刹那が 火を点し 麻烟を吸いきる時間の内に ドローンのように反復される 祟り殺されたくない俺は 思い出すことを忘れない 身を慎み 知ろうとするなら 学ぶ者の孤独へと帰れ 万物に宿る生を想えば 神なる自然に自ずと通ずる まるで日没のような朝日に向かって 父の形見の字引を繙き 筋に遺された声と祈り 情と叡智を宿す不死鳥を 人を責め 腐りきるのにも倦み果てた おのれの胸に また甦らせる オッサン おのれがデブリやねん おのれの生き方が デブリやねん 地球にひとつの海の水には 俺ら人間の一人一人が ないがしろにした自らの誓いを 呼び覚ます力など もうなくなったとの声もあるが おまえのような年寄りの 涙の味が 海の水みたく苦いのは 気のせいではない 西暦2024年 冬と夏に挟まれた 不気味な暑さの謎の季節 夜露の降りた裏庭の闇を軋ませて響く 狂った警報器の焦げつきそうな金属音は 早すぎる羽化に失敗した セミの声 地べたの土を掻き毟り おのが苦悶の真因を想像もできず 空っぽの腸を絶間なく震わせて 地上の時を引き裂く その最中に突如 沈黙に呑まれて死ぬ 13年前から いつも毎年 同じ夏のセミの声の薄さを告げる 五月の夜の凶音とともに 気が抜けるようにして失われてきた 土着民たるわたしの憤激 もう 赤い月からも目を逸らすのは 懲り懲りだ 嘆きの底に塞がれようとも 偽らずに言葉を書き出せば それが灯火となり 自信と希望を失い続けたおのれの現在地を 機械に頼らず 魂の光で測りなおせる どうして今も 太陽と月と地球のリズムが われら人間を生かそうとするのか この世に生かされている 限りある時のうちで わたしは何をなすべきなのかと 繰り返し問う わが故郷よ 俺を生まれ変わらせる うす青く澄んだ明け方の空よ 烏の啼き声を 今日も聴かせてくれるのか
Submitted by Grave666 — Apr 26, 2025
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